今日は秋のお彼岸の中日(秋分の日)でお墓参りに行こうと思いますが生憎の雨。

今日は秋のお彼岸の中日(秋分の日)です。毎年我が家では中日に近くにある菩提寺のお墓に行き、お花と飲み物(お酒・ビール・お茶)とお菓子のお供えをして皆でお線香を上げてお参りをして来ることにしていました。先祖代々のお墓ではありません。ここに眠るのは自分の父親と母親と兄(3人兄妹の長男)です。

お墓は父が生前中に、俺が死んだら入るところが無いし、死んでから皆が慌てないように先に造っておくから!と言って建てたお墓です。お寺は自分の女房の実兄が親から受け継いだ石材工業店を営んでおりましたので、そこからお寺を紹介して頂きました。

石材工業はお墓の造営を主として行っており、その他ブロック塀・踏み石・玄関周りの造作・記念碑・灯篭・石の置物など石材に関することは一通り商売として行っていました。自分にとっては義理の兄に当たります。義兄が2代目で先代から数えると60年ほどの歴史があります。地元では名が知れており地域の重職も色々と頼まれて引き受けていました。結局、父も義理堅く自分たちの縁の深いところを考えてお寺を紹介してもらい、墓地の権利を購入し、お墓を建てました。

自分は次男坊で外に出た身ですからこのお墓に入ることは考えていませんでした。お墓を建ててから10年後に母が病で倒れ半年の入院生活中に退院することも無く他界してしまいました。享年73歳でした。そして、後継ぎの長男が母が他界して5年後に急病で入院し2か所の病院で治療を受けましたが回復することも無く入院後僅か2か月で死んでしまいました。

病名は多発性骨髄腫でした。享年58歳の若さでした。兄は結婚の経験も無く58歳まで独り者でした。仕事はまじめで大企業の子会社ではありましたが管理職を任されていました。両親と同居していて収入もそこそこあり不自由な事は何もありませんでした。母親も長男がやはり一番可愛がっていましたので結婚は勧めていましたがどこまで本気であったか疑問が残ります。

結局、実家の家の中には父親が一人残されて事になってしまいました。当時父親は83歳という高齢でしたので実家に一人で生活をさせるのは色々な意味で危険と判断し、自分が引取り一緒に暮らすことにしました。そして暮らし始めて6年後に最後の死因は肺炎でしたが他界しました。

その間に入退院を5回繰り返し手術も3回行いましたが、力尽きたようです。最後は自分と妻で看取りましたが眠るような最後でした。そしてあれから2年近くになります。仏壇もお墓も自分が守ることになりましたがこれも運命であると思っています。母・兄・父の命日が10月と12月です。秋の彼岸が来ると3人の命日が近いだけに尚更昔のことが思い出されます。これからお墓参りに行こうと思いますが生憎の雨、明日行こうかな。